2014年4月7日月曜日

昨日四十九日

ここのBlogでも時々いじっていた父が先月急に亡くなりまして。有料の施設だから、安めとはいえ、どこまで続くかちゃんと計算しろ、とか弟にせっつかれていたと思ったら、三ヶ月であっけなく施設生活は終わってしまいました。

入所している有料介護付施設から緊急電話が入って救急車で病院に行ったときにはもう呼吸異常で意識がなかったとのこと。ちゃんと見回って体位変えをしていたとしたら、2-3時間で急変したってことになる。「マジかよ!?」

まーなんだよ、人間死ぬ時は選べねーよなー、どんなに入念に準備をしても駄目な時は駄目だよなー、今をどう生きるかしかないんだよなーとしみじみ思ったのでありました。

で、突然の出来事に怒涛の葬式&49日で昨日一段落…事情により告別式は欠席しましたんで、初の式参加。集まってくださった親戚の方々…わ、わからない。それでなくても人の顔おぼえられない人なのに、軽く20年くらい会っていなかったり…

向こうはもっと分からないだろうけど、「家族の中にいるオバサン」は長女に決まっているから、まあ問題ないわけである。久しぶりね~○○のおばさんよーとか言ってくれれば分かるんだが。
冠婚葬祭、行事ごとには全く関わらない人なので、「なんか生きてるらしいぜ」的な存在になってるという…。高校受験あたりから、親の帰省(春夏冬休みは田舎だったんですヨ)には付き合わなくなってたから。遠くに住んでるならともかく、実家の目の前に住んでるのに、こーゆーの珍しいだろうなあ。

桜も終わりの日曜日、津田山駅周辺はお花見に来た人でいっぱい。和尚さんは「故人の人柄ゆえでしょうか、雨といわれまていましたが、お天気もよく…」帰る頃には豪快な土砂降りになったのでした。うむ、故人の人柄だろう、納得。天晴れ父ちゃん。

晴天の霹靂に葬儀屋さんから紹介された(葬儀屋さんは病院に紹介された)坊様だったが、なかなか面白い人だった。海外のお寺の話なんかしたのだった。アメリカのお寺ででオツトメしていたことがあるんだそうな…